茨城県阿見町 霞ヶ浦

 日本の空軍の歴史は大正5年横須賀海軍航空隊の
 発足に始まります
 昭和5年に海軍飛行予科練習生制度が発足し
 横須賀海軍航空隊予科練習部が設置されます
 大正11年 東洋一の航空基地 霞ヶ浦航空隊が
 設置され 飛行予科練習部が 昭和14年に横須賀から
 移転 霞ヶ浦海軍航空隊飛行予科練習部が誕生します
 
 終戦までの15年間に 24万人が入隊し2万4千人が
 戦地に赴いたそうです
 




 特攻として出撃したものも多く 戦死者は8割に
 あたる1万9千人に及ぶそうです

 2010年2月 予科練のあったこの地に
 予科練平和記念館が開館しました













 館内は撮影禁止です
 土門拳が取材撮影した写真が飾られています

 戦後 土門拳はこの撮影を余り公表していなかった
 ようですが 若い練習生達の活き活きとした表情を
 捉えた良い写真です

 日本刀を磨いている若者の眼差しが
 とても印象的でした






 記念館の隣に 自衛隊の武器学校があり この敷地内に 霞ヶ浦予科練記念館雄翔館
 雄飛園があります






























 予科練の碑 予科練二人像

 昭和41年建立
 





 秩父宮紀久子妃殿下の歌碑














 元防衛庁長官 松野頼三 櫻花碑















 右手は 総理大臣 佐藤栄作 雄飛碑



























 若鷲の歌碑
   西條八十作詞 古関裕而作曲


 雄翔館 予科練戦没者の遺品を展示しています


































 海軍航空部隊設立の父 山本五十六
 元々の像は 終戦時に上下に割られ埋められました 
 上半身は江田島に 下半身は平成14年に発見されています


 武器学校内の 展示戦車












 霞ヶ浦 帆曳船

 明治13年に漁師 折本良平氏が考案した シラウオ漁 ワカサギ漁に用いられましたが
 現在は 観光用に5隻ほどしか残っていないようです

 この日は全くの凪で 風が無く30分ほど待ってやっと出て来てくれました






























































 駅前で見かけた模型
















 どのような関係が有るのか
 駅前に置かれた 鬼太郎と目玉親父像



















霞ヶ浦と予科練